お願いだからルリアの見えてる所でいかがわしい雰囲気にならないで。
顕現したばかり力が思う様に戻らずどうしたものかと考えあぐねていると、特異点から「戻るまでの間ここにいたら?」と提案を受けた。グランサイファーにいれば安全に力を戻すのに集中出来る事に加え、僅かながらに人への手助けも出来、四六時中といかずともサンダルフォンと一緒にいられると判断したルシフェルは二つ返事で了承した。
老若男女種族問わず多くの仲間が乗船しているこの騎空団はとても賑やかで、研究所に居た時との違いに最初でこそ戸惑いはあったが、今では簡単な雑務を自ら引き受けるまでに至る。
現天司長は「雑用なんてアンタがやるべきじゃない」と自分の事のように憤慨していたが、無償で乗せて貰うわけにはいかないと説得すれば、全てじゃないにしろ渋々納得したらしく、特異点に「ふざけた用事を押し付けるなよ」と詰め寄っていたのが彼らしいなとルシフェルは微笑ましく思う。
「サンダルフォン」
甲板でお留守番組と洗濯物を干していれば依頼から戻ったらしいサンダルフォンを見かけ、いつもの様に声をかけた。
するとルシフェルの声に肩をビクリと震わせ、一瞬だけ泣きそうに眉を寄せて唇をキュッと結ぶと、一度地面に視線を落としてから顔を上げる。
こちらを見る時には既にいつものサンダルフォンの表情へと戻っている為、少し前までは特に気にしてはいなかったのだが、それが毎回となると何か異変でもあるのか特異点に相談をすれば「ルシフェルさんが生きてるのを実感してるんだと思うよ」と答えが返ってきた。それを酷く悲しい気持ちになったルシフェルは、サンダルフォンの憂いを払拭しようと自身で決まり事を作った。
「変わりはないかな」
「大した依頼じゃないからな」
「そうか」
手の届く位置。
いつも通りの会話を交わせば、ルシフェルは目の前にあるちょっと低い位置の頭に手を乗せた。
手触りのいいふわふわの髪の毛を優しく優しく撫でると、サンダルフォンは気持ち良さそうに目を閉じてルシフェルを受け入れる。
最初は恥ずかしいのか物凄い抵抗をしていたが、君のためにしたいのだと根気よく話し続け、撫で続けていたら最終的には彼の方が折れた。
好きにしろと不貞腐れていたサンダルフォンも今ではルシフェルの手の虜だ。
優しく優しく、慈しむ様に。
君は私の全てであり、この世界でただ1人なのだと心を込めて。
頭頂部から下へ、緩やかなくせっ毛の形を維持したまま耳の位置まで撫でると、そこから耳の形に沿って顎の方に。そして母指球で頬を撫でつつ、反対の手で後頭部を羽で触れているかのような優しさで上から下に向かって撫で、項の辺りまで行くと人差し指と中指の2本の指先でなぞっていく。
そこから指を登らせて耳朶に着くと、柔らかな感触を堪能しつつ髪を梳いて耳に掛けてから今度は4本の指で首筋を撫でた。
「君が無事で戻ってくるのを私は嬉しく思う。今日もよく頑張ったね、サンダルフォン」
ほう、と熱っぽく息を吐くサンダルフォンに仕上げのキスを額の位置へとすれば、ルシフェルが作った決まり事は終わる。
彼に伝えるのは生きている温かさを、無事でいる事の喜びを。
「だけど、どんな依頼であれ君が怪我をするのは好ましくない。無茶はしないように。いいね」
「ん...」
とろんとした瞳で頷くサンダルフォンにいい子だと告げて頬に口付けをすると、か細い声で「またしてくれますか」と強請られ、「君が望めば何度でも」と約束をするのは最早当たり前になっていた。
今回は甲板だったがこれが毎回艇のあちこちで行われ、それを毎回目撃する羽目になるので特異点は団を率いる者として、幼い子供も乗っているから情操教育に悪いと一度注意をしてみたのだが、元天司長からは「サンダルフォンの不安の種を取り除きたいのだ」と言われ、現天司長からは「あの御方のやる事に文句でもあるのか」と睨まれ、胃がキリキリと痛む思いを抑えて過激にならなければいいと妥協したのは記憶に新しい。
漸くナデナデタイムの余韻が治まって来たのか、満足気に息を吐いて身を正したサンダルフォンはルシフェルの隣に並んで一生懸命洗濯物を干している。
その間ぽつりぽつり、と一言二言の他愛のない会話をする姿に、全てじゃないにしろわだかまりが多少は無くなってきたのだと感じ、誰もその穏やかな空気を壊そうとは考えなかった。
その2人の姿に特異点は「たまにいかがわしい空気になるのがなぁ」と溜め息を吐けば、カタリナがその背中を慰めるように叩いた。
掃除や洗濯を終えた午後。
サンダルフォンは自由時間となったので珈琲でも飲もうとキッチンへ向かえば、同じタイミングでルシフェルと出くわす。
手にした2つのカップを見れば、口角を緩く上げて「君も飲むだろう?」と問われ、サンダルフォンもまた穏やかな表情で頷いた。
「たまには休みも欲しい」
淹れたての珈琲が注がれたカップに口を付け溜め息混じりに発すれば、横でフッと笑う気配がする。
「頼られている証拠だ」
「相性が良くない敵相手にまで俺を戦闘に出すなどナンセンスだ」
「だが断れないだろう?」
「うぐっ...」
元来優しい性格故に人から強く頼まれると断れない性分のサンダルフォンは闇属性以外の依頼でもちょくちょく呼び出される事が多い。
ひっきりなしに出ずっぱりの今の状況は不満でもあり、満足している部分でもある。
人に頼られるのは悪くない。
むしろ必要とされる事に喜びを感じる。
かつて、愛した人に必要とされたいと願っていた事もあった。流れていく激情に身を任せて破壊をしようともした。
劣等感に甘えていたと痛切に告げられ、共に罰を受けようと取り込まれ、箱庭に置いて行かれたこともあった。
彼の人を愛し、憎しみ、それでも愛し、一度もこちらを向いてくれない事に絶望もした。
そしてその彼が死して希望を残し、最後の最後で彼のたった一言の本心を見たりもした。
隣でこちらの話に耳を傾けるルシフェルの全てを知った訳では無いが、それでも彼が生きているのをサンダルフォンは嬉しく思う。
ルシフェルの力が未だ戻らなくとも、頼まれれば彼の代わりに己が剣を振るい、そして戻れば褒められる。
ルシフェルの傍にいる時間は減るが、周囲に必要とされるからこそあんな風に触れて貰えるのだと考えれば、多少無茶をしてでも依頼は全て受けるしかない。
「サンダルフォン」
甘さを含んだ声に呼ばれてルシフェルの方を向けば、彼は陽だまりに似た穏やかな笑みを浮かべてサンダルフォンを見ていた。愛されてると錯覚してしまいそうなくらいの砂糖を溶かした様な青空の瞳から目が離せなくなってしまう。
それもその筈、誰もが見惚れてしまう美貌がすぐそこにあるのだ。
白銀の髪は太陽の光を反射して神々しく輝き、空を守護する者に相応しい蒼い瞳は吸い込まれてしまいそうなくらい透き通っている。傷やシミひとつない白磁の肌は美しく、筋肉の付いたしなやかな体躯は国宝級の彫刻像と変わりない。
今この方の前にいるのは俺なのだと考えると俺なんかがと言う卑屈な気持ちと、俺が独占していると言う優越感が心の中で拮抗している。
「おかわりはいるかい?」
ハッと飛ばしていた意識を戻すと、ルシフェルが微笑んでいた。
指で示した先を見れば空になっていたカップ。
「あっいえ!今度は俺が…!」
ルシフェルに見惚れていたのがなんだか居た堪れなくなったサンダルフォンはサイフォンからフラスコを外して溜まった珈琲を注いでいく。
大切な、宝物でも眺めるようなどこまでも優しい青色に全身に穴が空きそうな心地がした。
今までだって思慮深く立ち回ってきたつもりだったのに、ここ数日は戯れ程度の触れ合いが少し過剰になりつつある。
手が、指が、どこまでも温かな熱を以てサンダルフォンに触れる度にそこから波紋のように広がり、これまでの使命の際に摩耗してモノクロになった肉体や精神に色を染めていく。泣きたくなるくらいの優しさは確かにルシフェルがそこにいる証拠なのだと実感出来る。
生きているだけで充分なのだからこれ以上は望んではいけない。
そう心に決めてもルシフェルはサンダルフォンが線引きしたラインを簡単に越えてくる。
駄目だと頭では分かっている。
所詮は天司長とスペア。
それ以上になり得る事などありはしないというのに、どこかで希望すら感じてしまう。
ああ、お慕いしております。
思慕の気持ちを込めてカップとソーサーを置けばルシフェルは破顔した。
「ありがとう」
ルシフェルは膝の上にあるサンダルフォンの手の甲に手を重ねて指の間に絡めていく。キュッと握ると大袈裟な程に肩を跳ねさせるサンダルフォンに愛おしさが増す。
その手を持ち上げて指先に唇で触れれば露出している肌が熟れた林檎になっていた。
「なっ...?!...???」
軽く混乱状態にあるサンダルフォンはまるで捕食者に見付かった小動物さながらのようだ。口をパクパクさせて声にならない叫びを出している彼は、顔にデカデカとルシフェル様のしている事が分からないと書いてある気がして思わず苦笑する。
「私とて人の欲を持ち合わせているよ」
「で...、ですが...」
顔を紅く熟したまま視線をウロウロと彷徨わせ、言い淀むサンダルフォンの言いたい事は何となく理解出来る。
今まで欲とは無縁の人物だと思われているし、勿論自分でもそう思っていた。だが、顕現してからと言うものサンダルフォンの戸惑いながらも話す仕草や、おずおずと寄り添う姿に動悸が早まり、名を呼ばれるだけで体の奥底がじんわりとほのかに熱を持つ。
最初は戸惑った。
自分のエーテルがサンダルフォンの近くにいるから反応してこうなっているのかと。
それなのに彼が依頼等で傍に居ない時には酷く落ち着かない気分になり、遠目から愛し子の一挙一動を見れば見る程触れたいという衝動に駆られる。特異点に相談すれば『触るのはいいけど、いかがわしくならなければいいよ』と答えを貰ったので、サンダルフォンの不安を払拭する為、そして自分の彼を愛でたいと言う欲の為に彼に触れる決まり事を作ったのだ。
その触れる度合いが特異点のいかがわしいか否かの線引きを超えていないかは不明だが。
「欲がある私は嫌いかい?」
「っ!い、いえっ!そんな事は!」
「良かった」
フッと口角を緩めて嬉しそうに微笑むルシフェルにサンダルフォンは口を戦慄かせる。
その表情が初々しく、そして愛おしく思い、絡めた指を解いてそっと指の背を優しく撫でた。
「ひえっ」
「サンダルフォン...君に触れてもいいかな?」
触ってますという悲鳴は口から出てこなかった。
間近まで迫る美貌に声が反射的に引っ込んでしまう。
近い、近すぎる。
距離を取ろうにも変に動けば唇が触れてしまいそうで動けず、目をかっ開いてルシフェルの顔を凝視するのは傍から見れば敬愛してるとは言い難い。
「...君といると触れたいと、包んでしまいたいと思うのだ。このまま君をこの手で、翼で抱き締めて君との間にある隙間を無くしてしまいたいとすら考える」
狡智の堕天司がこの場を見れば指を差して笑い転げそうだ。
無私無欲、公明正大と謳われたかつての天司長な姿とは程遠い。
ルシフェルがこんな事を言うなど有り得ないと思いつつも、青い、真摯な瞳に見詰められて求められれば心が、体が、歓喜に打ち震える。
「そんな...、っ、俺なんかでは貴方とは釣り合いません」
「そんな事はない」
ぐっと更に体を近付けて密着させると背中に腕を回して逃げ場を失くし、サンダルフォンが逃げてしまわないように翼を顕現させて覆い隠し、名を呟く。
緊張で潤む夕焼けの瞳を覗き込み、吸い込まれるように唇を近付けると。
「...ぴゃあ」
奇妙な声をあげたサンダルフォンは白目を向くと、フッと意識が空の底に落ちた。
失神したサンダルフォンを抱えたルシフェルが特異点の元へと訪れ、「彼は私の事が嫌いなのだろうか」と惚気と共に全くの見当違いな相談をしに行くのはまた別の話。
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君は素肌をさらさない方がいいと私は思うのだが
その日は1日暑かった。
気温が高いのは仕方がないにしても、湿度まで高いせいで部屋の中の体感温度はとてつもなく高かった。
おまけに風もないせいでもやっとする室内の不快感に眉を顰めると、サンダルフォンはその不快感を解消する為に仕舞っていた扇風機を取り出し、コンセントを挿してスイッチを入れた。
ブオオン、と電気音の後に回り出す羽。
少しはマシになるか、と床にぺたりと座り、送られる風を全身で受けて少しでも涼もうとした。
黒のノースリーブのパーカーの下に着ていた白のハイネックは既にテーブルの近くに脱ぎ捨てていたので、直に風が当たって気持ちいいと感じる。あー、と緩んだ声を発しながら涼んでいると、不意に玄関から音がした。
「おかえりなさい、ルシフェル様」
「ああ。ただいま」
買い物帰りらしいルシフェルはその手にビニール袋を持っていて、靴を脱ぐと扇風機の前で寛ぐサンダルフォンの傍へと向かう。
「暑いからアイスを買ってきたよ。食べるかい?」
「はいっ、いただきます!」
ガサガサとビニール袋から棒アイスを出して手渡すと、サンダルフォンは嬉しそうに笑って受け取った。
見上げる仕草は何とも可愛らしく、やはりサンダルフォンは安寧、と考えていると、ふと上から覗くパーカーと肌の隙間が気になった。
昼間の明るさで見えているのは暑さのせいで薄らとピンクに色付いたツンと尖ったなにか。
まさか、そんな。
ルシフェルは瞬いてもう一度見下ろす。
パーカーの隙間から見えるのはやはり乳首だ。乳首なのだ。
胸にある体の部位と言えば当たり前なのだが、ルシフェルは目が離せない。
アイスを舐めるのにチロチロと覗く舌、暑さで鎖骨から胸元へと流れる汗が扇情的で昨晩の情事を思い出される。
真昼間から刺激の強い姿を晒す愛し子にルシフェルは片手で目を隠すと、ひとつ咳払いをする。
「サンダルフォン...、その...君の素肌が...」
「俺?俺がどうかしたんですか?」
「上から君の見てはいけないものが見えてしまっている」
「は?」
ルシフェルに告げられて、胸元に目線をずらせばパーカーの隙間から見えるピンク色の乳首。
それどころか見えている肌のあちこちに紅い鬱血痕があり、それがルシフェルに抱かれた証なのだと主張していてカァっと顔が熱くなる。
「なっ...!!」
思わず胸元をギュッと握って隙間を無くすと、ギロリとルシフェルを睨み付けた。
「あ、あんたどこ見てるんだよ!!」
「すまない...」
昼間から盛るな!と顔を真っ赤にして抗議するサンダルフォンにルシフェルも狼狽えてどうしたものかと目を隠したまま「君をそんな目では見ていない」とよく分からない弁解を始めた。
推しはさんだゆ
「友よ、見て欲しい」
空の世界の見聞を半月程終えて研究所に戻ると、その足でルシファーの元へと向かった。
俺は忙しいと一蹴するルシファーを無視して(意図的ではない)机の前まで来ると、手にした鞄を見せた。
「...、それは一体なんだ」
「私のサンダルフォンだ」
サンダルフォンを模した20cm程の大きさの手触りの良さそうなぬいぐるみが鞄に括り付けられている。
可愛らしくデフォルメされたそれは、どう見ても偉大なる天司長には不釣り合いだ。
軽く眩暈がしたルシファーは頭を抱えて、鞄を指差す。
「そうか...それはよかったな。所で何故アレが鞄についている?研究所内でもそんな愚かな物を売ってないだろう」
ルシファーの問い掛けに口角を緩めると、ルシフェルは穏やかな笑みを浮かべる。
「見聞の際、空の民は己が愛おしいと想うものを自らの手で創り出し、それを飾ったり身に付けたりする風習があるようだ。この大切で大事な人が出来るのを空の世界では【推し】と言うそうだ。だから私も空の民の習わしに沿って愛おしいサンダルフォンを作ってみた」
お前はそんなに饒舌だったのかと疑いたくなるくらい口数の多いルシフェルにややげんなりしたルシファーは胃が痛くなるのを我慢してそうか、とだけ返すとにっこりと笑った顔をしているサンダルフォンのぬいぐるみをやつれた様子で見つめた。
天司長のマーキング
特異点は最近ある事に気付いた。