ごみばこ

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ところで私の物真似はどうでした?

それは単なる興味だった。
ルシオは自分の顔には並々ならぬ自信がある。
神である主から造られた体は全てが完璧で、見る者全てが魅了されても仕方が無い。
誰もがルシオの一番となりたくて争いが起こる。あまりにも罪作りな完璧なる存在。
このグランサイファーには自分以上の美しさを持つ者などいないと思っていた。
思っていたのに。

「あっ、ルシフェルさん!......ってあれ、ルシオ?ごめん...似てたから間違えちゃって」
「ええ、構いませんよ。お気になさらず」

ルシファーの遺産を破壊した後に復活し、顕現した天司長ルシフェル
瓜二つな彼と間違えられるのも多々あり、特に気にしてはいなかったが。
多い時には日に何度も間違われ、仕方が無いと言うにも些か限度がある。
だが。

特異点、そいつをルシフェル様と間違えるな。不敬だぞ」

腕を組み、ムッとした様子で文句を言うのは、復活したルシフェルから毎日過剰なまでの寵愛を受けているサンダルフォン
艇のあちこちで目撃されるイチャつきに、先日特異点から暫くの接触禁止命令が出たばかりだ。
そのせいでルシフェル不足になってるのか、顔にはあの方と一緒な訳がないだろうという嫌悪感が溢れ出ていて、あまりの露骨さに思わず笑みが漏れる。

「何が可笑しいんだ」
「いえ、特に何も」

自信満々に違うと言い放つサンダルフォンにどこまで偽れば、彼は愛する人と間違えるのか気になった。




...が。
後日に意気揚々と戦闘中にしか出さない6枚羽を船内でも出して雰囲気や口調、仕草までも完璧にしたルシオだったが、サンダルフォンに近付くな否や、ふさげてるのか?と存外ドスの効いた声で問われた。

「...分かるんですか貴方」
「当たり前だ、俺を誰だと思ってるんだ?あの御方の傍に一番長くいた俺が間違うわけがないだろう」

自信満々に答えるサンダルフォンのガチ具合に肩を竦めて、溜め息を吐く。

「そこまで真剣だと清々しいくらいに気持ち悪くて尊敬しますよ」
「...君は馬鹿にしてるのか?」
「褒めているんですよ?」

半分キレかかったサンダルフォンを落ち着かせると、彼は「大体な」と話し出す。

ルシフェル様の物真似をするのも構わないが、気品さが足りないんだ。あの方の笑顔は......君は見た事ないだろう。フン、あれを知ってるのは俺だけだからな。そう...言うなればルシフェル様の笑顔は蕾が一斉に花を開く様な、穏やかで...だけど暖かくて風の音しか聞こえない物静かな草原だ。君のように人を騙す胡散臭さはないんだ、分かるか?」
「え、ええ...」
「本当に分かってるのか?それと、ルシフェル様の声は包まれるような安心感のある心地良い声なんだ。...ああ、あの御方の声は本当に胸に染みる」

始まったルシフェル講義に耳が痛くなる。筋金入りのガチ勢だった事をすっかり忘れていたルシオは熱弁を始めたサンダルフォンを止める術も分からず、かと言って去る事も出来ずに聞かせられる羽目になった。
如何にルシフェルが素晴らしいか。優しさの中に厳しさを見せる絶妙な塩梅、再顕現してから感情豊かになったことなど、それはそれは興味の無い者が聞いたら全員がもういいですと言いたくなるであろう。
そんな事を言えば至近距離でアイン・ソフ・オウルものだが。
しかし、とルシオは思う。熱弁する割には違和感が見られる。

「そこまで思っているなら何故本人に言わないのですか?」

動きを止めたサンダルフォンは、きゅっと唇を結ぶ。顔を項垂れて、白くなるまで手を握ると「無理だ」と苦しげに発した。

「あの方は誰からも愛され、誰からも必要とされている。俺のような者が与えなくても足りているんだ」
「ですが、貴方は頂いているばかりなのでしょう?返さないのですか?」
「それは...確かにそうかもしれないが、俺の愛などルシフェル様は必要としない」

全自動卑屈マシーン。何故だかそんな言葉が浮かんだ。
想い人への愛を溢れんばかりに抱えていても、当人に言わなければミリも伝わらない。
自己卑下で息苦しいのか、泣き出しそうに顔を歪める。
自己完結し、自己嫌悪し、取り返しがつかなくなってから後悔する。
それはサンダルフォン自身が一番よく分かっているだろうに、どうにも一歩踏み出せない。
普段、寵愛を受けている姿とてルシフェルからの一方的なものばかりが目立って、サンダルフォンは素っ気なかったりどこか引いているばかり。
意地っ張りで卑屈で、寂しがり屋な子供は長い年月で甘え方も忘れてしまった。
なれば不肖ルシオ、手伝いましょう。
先程伝えられたルシフェルの特徴を飲み込んで、一息吐くとサンダルフォンの肩に触れる。

「君から与えられるもので必要ではない事などないよ。サンダルフォン...君の気持ちを吐露しては貰えないだろうか?」

憂いを秘めた表情、静かな草原のように広大で包み込む声質。
完璧だ。自己評価の高さも相まってルシオの脳内でファンファーレが鳴り響く。
さあ、私をルシフェルと思って気持ちを吐き出す練習をどうぞ。
そう意味を込めて綺麗なモーションでウィンクをする。
ポカンとするサンダルフォン
そして、

「...は?」

スローモーションで泣き顔から般若の形相に変わるのを見たのは初めての経験です。と後のルシオは語る。凄まじい迫力に脳内で逃げるか脱走か逃亡のどれを選ぼうか悩む。
いくら空気を読まないルシオとて、これが如何にヤバいかくらいは分かる。HellサンダルフォンLv300相手は一体エリクシールを何本必要だろうか。いや、Hellはそもそも1本しか飲めない。言うなればManiacだ。
Maniacサンダルフォン。確かにルシフェルに大しては考えがマニアックかもしれない。そこまで考えて、可笑しくなったルシオは般若の前でふふっと笑った。

「何を笑ってる。...まさか君、ルシフェル様を侮辱してるな?」
「いえ違いますよ、違いますって...ふふ」
「いいだろう...そこを動くなよ」

笑ったのがルシフェルに関してだと思っているサンダルフォンは止まりそうにない。誤解を解きたくてもマニアックサンダルフォンがツボに入って笑いが止まらないルシオ
笑えば更に怒りが増幅するまさに悪循環。
一方的な戦争が勃発しそうになった瞬間、澄んだエーテルが辺りに漂ったと思ったら突如現れた純白の羽にサンダルフォンが包まれた。

「なっ!?...え?る、るしっ...?」
サンダルフォン。公平であれと思うあまり、全てを伝えてこなかったのは私の責任でもある。だが...私は、君からの想いを全て受け止めたい」

後光差す進化を見守る獣の登場に驚愕し、般若の表情が崩れると一気に赤面する。その間も羽はみるみるうちにサンダルフォンをすっぽりと覆い隠す。静かに、羽音ひとつ立てずに揺れる6枚羽。そこから溢れる光の粒子が空中に舞っては霧散する。
幻想的な輝きに感心していると、気付いたら目の前のサンダルフォンは消え、代わりに白い繭が出来上がっていた。
中から「一体なんだ」「やめろ離せ」「どこを触ってるんだ」と困惑した声と、金属のかち合う音が聞こえる。ルシオは突然顕現したルシフェル
サンダルフォンの悩みを知っているのか気になり、もぞもぞ動いている繭に向かって問い掛ける。

「貴方はいつから聞いていたのです?」

ルシオの声に繭は動きを止めると「最初から」と一言答えた。

「初めからいるなら声くらいかけたらどうなんだ?!」
「いつでも君の傍にいるよ」
「や、やめろ...!耳元で囁くな!」

てんしちょう
いつからいるの
はじめから
ルシオ、心の俳句。
暴れだしたらしいサンダルフォンと、それをものともしないで愛を囁き続けるルシフェル。激しい抵抗を見せていたものの、次第に恥ずかしそうな甘い声と床に落ちた胸当てに察したルシオは、世話の焼ける恋人達の手伝いをするのも良いものだと
満足そうに笑って2人だけにしておこうと、静かに立ち去った。


接触禁止令が解かれた2人の距離がいやに近すぎる気がすると、訝しげに見ていた特異点の元にルシオが近寄ってきたので、何かやったでしょと問えば彼は口元に人差し指をあてて「正しく恋のキューピッドというやつですよ」と微笑んだ。