ごみばこ

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毎晩ヤる事やってるのに今更あーんが恥ずかしいの?

物資や食品等の補充があると街で数日拘束となった団員達は、この自由時間を使って各々好きな事をしていた。酒場で酒を楽しんだり、買い物をしたり、と。
ルシフェルは顕現した後、特異点の申し出により団員の1人になった。...とは言っても、元々俗世とは程遠い存在だった為に自由時間と言われても街には行かず、船内で静かに過ごしていた。
あれだけ毎日賑やかでいるグランサイファーも今は人が少なく、ひっそりとしている。
用意された自室で読書をしていると、口寂しさを感じてパタリと本を閉じた。珈琲の時間だ。
コツ、コツと靴音を鳴らしながら厨房へと入れば、同じくおやつの時間らしい特異点とルリアが座って飲食をしていた。
テーブルの上には果実を搾ったフルーティーなジュースと、可愛らしいデザインの施された皿の上に置かれたイチゴのケーキと、もう1つはビスケットが乗せられたチョコレートのケーキ。
美味しそうとはしゃぎながら食べている様子は微笑ましく、ルシフェルの胸の奥がじんわりとほのかな熱を灯す。子を見守る様な眼差しは進化を見守ってきた時よりもずっと近く、ずっと温かい。
この笑顔を命が許す限り守っていこうと、己自身に頷いていると、ケーキを頬張る特異点にルリアが「一口くださいっ」と目を輝かせていた。見た目以上に大食いで食いしん坊の彼女は、身を乗り出して特異点の皿を狙っている。

「えー、一口だけだよ?」
「はいっ」

仕方ないなぁ、とフォークに一口分を刺してルリアの口元に運ぶと、彼女は「あーん」と嬉しそうに口を開いた。代わりに一口頂戴、私のが無くなっちゃいますと相変わらずの微笑ましいやり取りをしているが、それよりも気になる部分がある。

「...、特異点
「あ、ルシフェルさん」

ルシフェルに話し掛けられてもルリアに餌付けする形でケーキを運んでいる特異点
振り向いてもその手は止めずに、自分のおやつをフォークで小さく切っていく。

「それは、一体何をしているのだろうか」

いつもの淡々とした声音で問い掛けるルシフェルは表情こそ無機質だが、興味津々といった様子で特異点とルリアの2人をキョロキョロと見比べている。その仕草がなんだか珍しい物を見た子供のようで、特異点はくすりと笑う。

「ほら、あーんだよ。やった事ない?」
「...、あーん...?」

首を傾げて特異点の言葉をゆっくり咀嚼するも、意味がきちんと理解出来ずに顎に手を当てて黙り込む。
本当に分からないのだろう。神妙な顔をしている裏では最高傑作と言われた頭をフル回転させて記憶している文献を漁っているに違いない。
どうしたものかと特異点も考えていると、ルリアが食べ終わったらしくフォークを皿の上にカチャリと置いた。

「えっと...大好きな人にやる愛情表現です!」
「ええっ...」

あまりに大雑把な回答に思わず特異点は声が出てしまう。あながち間違ってはいないが、遠からずとも近からず。もう少し付け足しておこうかと口を開けば「成程。大体は把握した」と大きく頷き、ルリアに礼を言うルシフェルがいた。
大雑把すぎない?それで本当に分かった?
色々と語弊がある気がしたが、既に遠くなった背中を見つめながら特異点は「まあ...どうせやる相手なんて1人だろうし、いっか」と被害者になるであろう、安寧と呼ばれるもう1人の天司に合掌した。



コンコン、と扉をノックする音にサンダルフォンは世界の珈琲名鑑と書かれた本を閉じると、サイドテーブルに置かれた時計を見て顔を綻ばせた。
日課の珈琲は交互に淹れると決まり事を設けた。本日はルシフェルが担当している。
本当は全部サンダルフォンがやりたかったのだが、私にも淹れさせて貰えないだろうか?と困った顔で微笑まれては妥協するしかなかった。
椅子を降りて扉の前まで来るとキュッと唇を結んで顔を引き締める。
仮にもつい先日まで天司長を任されていた身。それが浮かれた様子でルシフェルの前にいるとあっては幻滅されるかもしれないからと思っているからだ。
正直、ルシフェルサンダルフォンが取り繕っているのは知っているものの、頑張っているのが大変愛らしいとの事で伝えてないらしい。(特異点談)

扉を開ければやはりそこに立っていたのはルシフェルで、手には二人分のカップとサーバー、そして何やら紙の袋が乗ったトレーを持っていた。

サンダルフォン。入ってもいいかな?」
「はい、勿論。...それは?」

小さな木製のテーブルの上に置かれたトレー。カップに注がれる焙煎された香りにほう、と息を吐きつつ気になるのは指を差した先の紙の袋。ああ、とルシフェルは思い出しながら「街で買ってきた」と答える。

「街?ひとりで?」
「ああ。たまには菓子を付け合わせるのも悪くないかと思ってね」
「それはそうですが...言って下されば同行しましたのに」
「それではサプライズにならない。君の驚いた顔が見たかったんだ」
「ん゛んっ」

悪戯が成功したような顔で笑うルシフェルに胸が鷲掴みにされる気分になる。心臓に悪い。痙攣する喉を押さえつけ、慌てて咳払いすると若干裏返った声で「悪趣味です」とだけ返す。研究所にいた時よりも遥かに人らしい感情を持ち合わせているルシフェルはとても好ましいが、同時に不満でもある。
突拍子にもない事でサンダルフォンを喜ばそうとしたり驚かそうとしたりするからだ。
動悸が酷い、顔も熱い。些か緊張気味に珈琲を注げば、ルシフェルは袋から皿に菓子を広げていた。
白と黒の二色のクッキーはほんのり甘い香りがしており、確かにブラックの珈琲と合いそうだ。
簡単な準備を終えれば、見た目もいつもと比べてちょっと華やかになった珈琲タイムの始まりとなった。
カップに口を付けて一口含めば、酸味と苦味が混じって丁度いい味わいになり、焙煎されたコクの深みが喉をゆっくりと通り抜けていく。
落ち着く。この時間だけは何物にも変え難い大切な一瞬。
ルシフェルの淹れてくれた珈琲をじっくりと味わって飲んでいると、彼はこちらを優しく見つめていた。春の陽気、花が芽吹く瞬間の優しい暖かさが込められた笑みはサンダルフォンの心を落ち着かなくさせる。
穏やかな瞳は揺蕩う海の様に、弧を描く口元は慈愛を冠して、癖のない銀髪は夜に瞬く星々の様に煌めいている。何たる眉目秀麗な天司なのだろうか。
至高の御方が復活して本当に良かった。ひとりごちていると、酷く優しい声音で「サンダルフォン」と呼ばれた。

「はい」

名前ひとつ呼ばれるだけで天にも登る気持ちになる。

「あーん」
「......、...?」
サンダルフォン、あーん」

白のバニラクッキーを1つ手にしたルシフェルサンダルフォンの口元へと差し出されている。
一体何なのだろうか。
これはまたていの良い悪夢か。
訳が分からずカップを持った状態で呆然としているサンダルフォンルシフェルはふむ、と考える。

「...君の口では大きすぎて入らないようだな」
「...いえ、その...」
「案ずる事はない。小さくしよう」

パキリ。クッキーを半分に割ると再度サンダルフォンの口元へと近付けてくるルシフェル
そうじゃない。そうじゃないんだ。
珈琲を飲んでいるだけだというのにどう見てもおかしい。
ルシフェル自身に他意はないのか、一切の曇りのない瞳でサンダルフォンを穏やかに見ている。悪い冗談にしか思えないそれに、浮かぶ犯人は特異点と蒼の少女の2人。
きっとまたいらない入れ知恵をされたのだろう。サンダルフォンはプルプル震える手を叱咤し、なんとかカップをソーサーの上に戻した。

「何故それをしなければならないんだ」
「教えて貰ったのだ。これは親しい者へと行う愛情表現だと」

先程のアンニュイな気持ちを返して欲しい、サンダルフォンは泣きたくなった。嬉しそうに、瞳を砂糖菓子の様に甘く蕩けさせたルシフェルはクッキーを唇に近付けてくる。

ルシフェル...さま、その...俺はそういった事は出来ません」
「何故?」

何故。まさかそんな反応が来るとは思わないサンダルフォンは目を丸くするしかない。
いくら愛情表現だからとは言ってもあーんなど恥ずかしくて、過去の無垢な時なら兎も角、今の自分では到底出来ない。
それに自分みたいな罪人がそんな事をするなど烏滸がましいし、公正明大な御方を誑かしたとして四大天司に恨まれるに違いない。
敬愛する天司長ルシフェルにその趣旨を噛み砕いて噛み砕いて、それこそパンくず1つくらいまで噛み砕いてオブラートに4重で包んでから伝えると、フッと彼の周りの空気が淀み始めた。

「そうか...やはり君は私を許しはしないようだな...」

そっと伏せた目は憂いを帯び、睫毛は切なげに揺れる。雨に降られたが如くの悲しげな表情はあまりにも痛々しい。

「二千年間の君の劣等感を思えば、私を好くなどありはしないのにな...」

昼間なのに辺りが暗くなる。
エーテルがこれでもかと言わんばかりに乱れに乱れて、ついでにサンダルフォンの頭も混乱を極める。
どうしてそうなる。
そんな話を持ち出すな、やめろ下さい。己の中でそれなりに吹っ切った過去をほじくり返されて心が死にそうだ。
本当にずるい。そういう所だぞルシフェル
大体特異点達があーんを愛情表現等と言うからこんな事になったんだ。
サンダルフォンは出来うる限りの文句を脳内にいる特異点とルリアにぶつけていく。

「...サンダルフォン

出口を探す迷い子の様な声音。
その瞬間サンダルフォンは勢いよく立ち上がると「ああもう!!」と頭を抱えて叫ぶ。

「分かった、分かりましたよ!やりますよ!!貴方からのを食べればいいのでしょう?!」

やけくそ気味にガタガタと椅子を動かしてルシフェルの横に並べると口を開いた。
生まれて二千年弱。天司長元代理サンダルフォン、初めてのあーんだ。羞恥に耐えているのか、とても甘い雰囲気を纏えるわけでもなし、表情も眉間に皺を寄せていて、まるで戦闘中だ。ここにベリアルがいれば「サンディ、最高にブス顔だな」とシニカルな笑みを浮かべて肩を叩いてきただろう。
恥ずかしかろうが何だろうが、とにかくルシフェルの目的を終わらせて満足させればいい。
般若の顔をしているサンダルフォンは10人中10人が怖いと言うだろう。だがルシフェルは意に介さず微笑んでいる。惚れた弱みなのか、我が子可愛いの親馬鹿なのか。あるいはどちらもかもしれないが。
半分に割れたクッキーが開いた口に乗せられると、サンダルフォンは緩慢な動作で咀嚼した。
ほのかな甘味が舌に広がる。
噛めばほろほろと崩れるクッキーの甘さは、ルシフェルの自分に対する態度にも似ていて下腹部が熱くなる。
穴が開くほど見つめられては食べづらいにも程があるのに、一刻も早く甘ったるい空気を何とかしたくて一生懸命顎を動かす。
ゴクリ。漸く飲み込んだサンダルフォンは恥ずかしさを打ち消そうと珈琲を一口飲んだ。

「美味しかったかい?」
「...はい...」
「それは良かった」

嬉しそうに目を細めるルシフェルもまた、優雅な動作で珈琲を口にする。ああ、やっと終わった。
安堵の息を漏らすと、黒色のクッキーを1つ手にする。

「それでは、君もやってくれるかな?」

何て?

「え、ええっと...言葉の意味がよく分かりませんが…」
「私も君に食べさせて貰いたい」

それを、とサンダルフォンの持っているクッキーを指差す。
今度こそ心が砕け散りそうだ。
只でさえ死にたくなる程の羞恥を我慢して食べたというのに、こちらもやれと言う。悪魔か?堕天司か?
ルシフェル本人はそんな気はないし、至って大真面目なのが余計にタチが悪い。
本気の本気で断りたいのに、断れば待ってるのは文字通りのお先真っ暗。暗雲立ち込め暴風が吹いて木々を薙ぎ倒す。目の前の天災を止めるには己の恥を捨てればいい。ルシフェルに食べさせる。ただそれだけだ。

「...分かりました」

ぷるぷる震える手でルシフェルの口元へと近付ける。
あとちょっとで食べる距離という所で、突如手首を掴まれた。
一体何だと思う前にルシフェルサンダルフォンの指ごとクッキーを口の中に入れる。
ぬるりとした感触に全身の肌が粟立つ。ひっ、と引き攣る声を無視してルシフェルは指を舐め上げた。
ゆっくりと下から上にと向かう舌先。愛撫されているような感覚に毎夜行っている2人だけの行為を思い出させる。
浅ましく反応する体に嫌気がさすのに、彼から与えられる熱がどうしようもなく堪らない。
これ以上されたら真昼間なのに止まらなくなってしまいそうになる。緊張を隠しきれない声で制止をすれば、抵抗は許さないとばかりに濃い蒼に射抜かれた。
引っ込める事も許されず、ただただルシフェルのされるがままを受け入れ数分。しゃぶられ、舐められ、散々嬲られたあと、一度甘噛みをされて解放された指は唾液でふやけていた。

「ご馳走様」

満足げに微笑むルシフェルに上手く回らない思考でサンダルフォンは頷いた。
この方が満足されたのなら我慢した甲斐があった。熱い頬に目を瞑り、肩を震わせて役に立てた達成感に浸っていると、ルシフェルはおもむろにクッキーを掴んだ。
そして、

「さあ、サンダルフォン。もう一度行おうか」