ごみばこ

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if軸マキエ(零式)

夕方、人のいない教室の窓側の席。開けた窓からそよそよと流れ込む春の風を受けながらエースは1人読書を楽しんでいた。
マザーに頼んで理事長に掛け合って貰ったどうしても読みたかった魔導書。人気の著書が書いたその本は書店でも売り切れが続出してしまい、エースもなかなか買えないでいた。
そんな時にマザーから何かないかと問われたのを幸いに、エースは生涯で初めて我が儘を言った。
言いづらそうに、でも必死にお願いをするエースは今まで見た事がない我が子の表情で。
一生懸命お願い事をするエースにマザーはしょうがないわねと一言言うと理事長に仕入れて貰う様、我が儘を受け入れた。
数日後に仕入れが確定した事を伝えた時のエースの喜びようは、少し幼く見える程だ。我が子可愛さとはよく言ったもので、頬を染めてありがとうと言ったエースの顔はマザーの母性を刺激するには充分なものだった。
そして今日、入荷した本をいそいそといの一番に借りるとクリスタリウムを出て、教室へと戻ってきたのだ。
至福の時間。だが、口寂しくて食べる物はないか鞄の中を探しても何もつまめるものは見付からず、部屋に帰ったらにするかと諦めていた時、教室のドアが開く。
コツコツと響く聞き慣れた足音に、エースは振り向かなくても誰が来たか分かる。

「マキナ」

横に座るのと同時に名を呼ぶと、マキナは少し驚いた表情でエースを見やる。

「よくオレだって分かったな」
「足音が特徴的だから」
「ふーん...?あ、また本読んでる」
「うん。マザーに頼んでたやつ来たからな」

嬉しそうに笑うエースの表情にマキナも目を細めると「良かったな」と微笑む。

「マキナも読んだ方がいいぞ、凄く面白いしためになる」
「パスパース!活字を長時間見てると頭痛になるから!」
「...そんな事言ってるからクラサメ先生の補習毎回受けてるんじゃないのか」
「あーエースは今日も可愛いなー」
「話を逸らすな」

ヘラっと笑うマキナを目を細めて見れば、彼は視線がまるでキャノンレーザーみたいに鋭いよなと笑って隣に座る。
それは攻撃的という事なのか、何の意味でそれを言ったのか、エースの眉間に皺が寄る。
それを見て何を思ったのか皺を触って可愛い顔が台無しなどと言うものだから、どの口が抜かしてるんだと小言の1つでも言いたくなってしまうのは当然かもしれない。

「そんな怒るなって、ほらエース、あーん」

鞄をゴソゴソと漁るマキナに言われ、反射的に口を開くと中に何かを入れられた。
舌で触るとコロッとした小さく、固い丸い形の何かで、それは次第に熱で徐々に溶けていく。
じわあっと広がる甘味にエースは首を傾けると「...チョコ?」と呟く。

「そ。新作のフリーズドライしてる苺のチョコだってさ」

カカオの風味と甘酸っぱい苺の味が口いっぱいに広がって、思わずエースはその美味しさに口角が緩む。
丁度口寂しいと思っていたので尚更だ。
美味しい、と食べるエースを見ていたマキナは長めになっている側の前髪を一房摘むと名前を呼ぶ。

「なんだマキ......ナ...」

振り向けばドアップになったマキナの顔。
端正な顔立ちが視界いっぱいに入れば、エースはこれでもかと言わんばかりに目を見開いて固まった。
次第に赤く染まっていく顔にマキナは初だなぁと感じ、目を細めて笑う。

「...、うん、美味しい」
「な、なっ...」

ペロッと桜色をした唇を舐めて体を離せば、全身を戦慄かせてこちらを見るエースは見た事ないくらい真っ赤になっている。
まるで今食べてるチョコの苺のようだ。

「何するんだ!というか外ではするなってあれ程言っただろ!」

信じられないと羞恥にプルプルと震えるエースがまるで小動物みたいで、マキナはやっぱり可愛いなと悪びれもせず笑う。

「外では、かー。じゃあ部屋の中でならいいって事?」
「ーー~~...っ!馬鹿!知らない!!」

マキナの発言に限界まで赤くなったエースは本を荒々しく仕舞うと、勢いよく席を立った。
そのまま大股でドアまで歩いていくエースに意地悪しすぎたかな、とマキナは胸中にて反省をすると、次に可愛らしい恋人へのご機嫌取りをどうするか模索する。
きっとエースの事だ。謝って押しまくれば許してくれるのは分かっている。でもそれじゃ2度目のチャンスは貰えない。
チョコボのぬいぐるみがいいかな、と思案しながらマキナは「待ってよエース」と至極爽やかに笑いながら本の虫である華奢な少年の背中を追い掛けた。
アンタが大好きだからオレは意地悪するんだ。ごめんな。
だって恋人だからね、と自分の心に言い訳をしながら。